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ファイルNo.2:吹田のゴッドファーザーさん

| お名前 | 吹田のゴッドファーザー |
|---|---|
| 年齢 | 50代 |
| 通院年度 | 2025年 |
| 通院ペース | 月2回→月1回→隔月 |
| 症状 (来院時) |
慢性腰痛(ヘルニア診断有)、脊柱管狭窄症、変形性質関節症、O脚、捻挫癖、ぎっくり腰(毎年恒例) |
| 症状 (卒業時) |
稀に出入りはあるが、事前に気付ける状態に。 |
| 運動習慣 | マラソン、体操、社交ダンス、ゴルフ |
| 服要薬 | 降圧剤 |
| 目的 | カラダの正常化、情報の断捨離 |
「あ」の瞬間を迎えに行こう
- 「あ」の瞬間が世界を変える
- 「あ」の瞬間を探しに行こう
- 「あ」の瞬間に答えが見つかる。
「あ」を知らないorまだ迎えていない人には「あ」ではなく「はぁ?」になると思うが
「あ」
本当にこの瞬間が全てを変える。
そして悟る。思い知る。気付く。しみこむ。青天の霹靂。なんでもいい。とにかく「ハマる」という感じになる。きっとなる。
- 自分が何も知らなかっただけ。
- 自分の価値観に閉じこもっていただけ
- 自分の固定観念に縛られていただけ。
- 自分の世界の狭さを「自覚する」瞬間となる。
何とも滑稽な、なんとも情けない瞬間でもある。でも一方でそれは「幕開け」でもある。新しい自分が始まる瞬間なのである。
HUNTER×HUNTER(冨樫義博著)でいうところの「暗黒大陸」の発見である。
またはジン・フリークスとゴンが「成長の止まった世界樹」で話をした時にゴンに起こった「気付き」と同じ。※新版のアニメ推奨
今まで「世界樹の成木」と思っていたものが、実は単なる「成長を止めた若木」に過ぎないと知った感じ。
自分が今まで「こうだ」と思い込んでいたものが実は全く違っていたと気づく瞬間。
「あ」
これが「あ」なのだ。(勝手な自己解釈)
その効果たるやプライド高き男子のピノキオ鼻を打ち砕くには十二分。恥ずかしくて顔真っ赤。心の中では「そうか、そういう事か、そういうことだったのか」と足が止まる。
気付いてしまえばもう簡単。
何で自分はああも心の何処かで反発していたのか。簡単に認めることができる様に生まれ変わる。
何を張り合っていたというのか。これ程までに「何も知らなった自分」に対して自己嫌悪も出てくるがそれ以上に「謙虚」というスキルを手に入れる。場合によっては追加スキル「素直」まで手に入る。
自分が知っているつもりになっていたカラダや健康は実は「今の自分」にとっては「未知の世界」に等しい。自分が知っているのはあくまで「咀嚼され、商品化された断片的な情報(先生の原文ママ)」に過ぎないと。
恐るべしNHK、恐るべし今日の健康、NHKチョイス、そして雑誌ターザンよ。
お世話になりました。私は「あ」を迎えた瞬間に皆様の元を巣立ちます。
とはいえ、そこにあったものは結局「私のニーズに応えた情報」なわけで、それを求めたのは自分自身。求めて選んで信じたのは自分自身。それを誰かのせいにするのも確かに変な話だ。
確かに甘い罠というか都合の良い答えは溢れている。でもそれは法律違反でも何でもない。それに対するアンチテーゼだってちゃんと共存している。隣を見ればそこにある。前からそこにあったのだ。
2つを、3つを、4つを比べて選んだのは誰だ?自分だ。
だから結果は自分が招いた、自分の責任なのだ。この結論に至るまでには少し時間が必要かもしれない。何かの、誰かのせいにして自分を楽にするのは誰もが通る道だ。私も随分と長い時間をそこで過ごした。居心地は決して悪くない。
でも、そこに留まっている限りは何も変わらない。無限ループに陥る。
それをここで教わり、「あ」を迎えて脱皮ができた。
「あ」の瞬間は1つじゃない。沢山の「あ」と「え」がカラダには溢れている。
はじめの「あ」は気づきの「あ」だ。世界には「あ」が存在していると知った瞬間。そこから今度は溢れる「あ」を探しに行く。いや勝手にあっちが「ここやで」と教えてくれる。
先生の言っていた「拾い上げる」ということ。マインドフルネスのカスタム版だ。
あれだけ、あれだけ「は?」と思っていたことが、「あ」を迎えてから繋がりだす。
先生は最初から「答えを教えてくれている」事は断言しよう。問題はその答えに自分がアクセスできるか、理解できるか、受け入れられるかが課題なのだ。
プロが辿り着いた答えに素人が直結でアクセスする。
それって実はとんでもない無謀なことの様に感じる。だからこその「あ」の積み重ねと言える。
無駄の様で無駄が一切ない。
それが俊カイロだ。
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